ただ祈る・ただ生きる

今日は3.11 東日本大震災から丸7年になります。
東北・被災地に向かい、天国に向かい、ただ祈ります。

今日は、ドキュメンタリー映画『祝福(いのり)の海』の上映会を担当します。
色んなご縁が重なり実現しました。
午後の時間、自然派Cafeのスペースでアットホームな上映会になるでしょう。

自然がそのままあること、家族が家族であること、地域の人と持ち味を分かち合うこと、そして東北のこと、キレイな海のこと… 
幸せにイキイキと生きるために大切なことについて、考え・見直す機会になる(かもしれない)映画です。
命を考える、豊かさを考えるきっかけにもなる映画だと思います。

元に戻り、私の被災地訪問の旅について書いてみよう。
その旅は、7年前大震災・大津波の2か月後、宮城県から始まりました。
6カ月後には縁あって女川町(おながわちょう)に訪ねました。

「行くなら長期的・継続的に」の気持ちで、訪問を決めました。
神戸で阪神大震災を経験したことは、私の気持ち・動きに大きく影響したかもしれません。

何ができるかわからないけど「行けばわかる!・何かはできる!」の思いで現地へ。
「一人一人・一つ一つ」の気持ちでご縁を大事に動きました。

1年目、石巻市と女川町の避難所・仮設住宅で聴かせて頂いた当時の皆様の体験・思いなどが、自然に言葉になり歌となり、いくつかの曲ができました。
その中の一つが『ただ祈る』です。

研修や講演の最後に被災地のことを伝えながらギターをポロンポロン弾きながら歌っていました。
参加者からCDのご希望があり、私の人生の経験の一つにもなると思い、正式にスタジオでアレンジしてレコーディングすることになりました。

この曲の最後のバックコーラスは、スタジオに来られている方々のご好意、友人の応援で入って頂きました。
一人マイペースに現地を訪ねている私への心強い応援コーラスにもなりました。
初めて聴いたとき、涙が出ました。感謝♡

そして、ここに載せた動画は、友人が私のために作ってくれたもの。
これまでYouTubeに載せるためにどれだけの時間と知恵を使ったことでしょう。
出来上がって観せてもらったとき、やはり涙があふれました。

「生きたくたって生きれない人がいたんだもの、できることをして精一杯生きるのが残ったものの務めです、今はただ祈るだけです」と当時78歳のなつ子さんが話して下さいました。
歌のタイトルになりました。

宮城県女川町の総合体育館避難所で出会ったなつ子さんは、多くのお友達を津波で亡くしました。
家も大好きな花作り・野菜作りの畑も全て津波に持って行かれ、無くしました。

避難所館内を回っているとき、段ボールに囲まれたご自分の仮のお家スペースでなつ子さんは、キラリ輝いていました。
思わず声をかけました。ご縁の始まり☆彡 

同居していた娘さん家族親子4人は親戚に避難。誘われたけど大人数じゃ迷惑をかけ気を遣うからと避難所で一人を選択しました。

当時、支援物資でいただいた洋服、高齢者には最後に残ったものが多かったそう。
サイズの合うものはほとんどありません。
なつ子さんはズボンの丈を直し、ボタンの位置を直し、袖の丈を直したり、袖を外しベストに作り直して避難者の方に次々お渡ししていました。自分のものは最後…
そばにあった裁縫箱は、ある女子高校からの支援物資でいただいたものでした。

避難所の時も、仮設住宅でも、復興住宅に入居された今でも働き者のなつ子さん、離れていても思うだけでパワーを頂きます。
各訪問先にいてくださいますが、なつ子さんは私の生き方モデルの一人になりました。

震災後1年で宮城県名取市にも伺うようになり、2年目からは岩手県田野畑村にもご縁をいただきました。
4年目には福島県川内村にご縁を頂き、5市町村に訪問させていただいています。
今では私にとっては大切な故郷になりました。

1~3か月に一度訪ねていた被災地でしたが、5年目の頃、訪問の間隔をあけよう思った頃、体調に変化があり自分のケアを優先しました。

今、命があること・生かされていることは当たり前じゃなく、凄いこと☆彡
大切な人と語り・共にいられることは幸せなこと☆彡
行きたい場所に行き、新たな出会い・体験ができるって、元気な証拠☆彡

生きてることを実感できるチャンスいっぱい☆彡
今日の日に改めて感謝♡

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