「立春大吉」 記念日☆彡

そこに在る人・動く人、 持ち味を大切に☆彡


今日は「立春」、それも「立春大吉」。
私にとって、この数年「立春」は
記念日になっています。
その意味を書いてみよう。

4年前の2月4日、立春の日
「がん」と出会った大切な記念日☆彡

縦に書いて真ん中に線を引いて左右対称、
表から見ても、裏から見ても「立春大吉」。

何か凛とする感じ。
いつもより高い目標を立てたくなる
色んな夢の種を蒔きたくなる
そんな気分。ワクワク♪

前日の「節分」
豆まきをして、一年間の厄を払う日。
新たな一年の始まりが「立春」
冬が終わり、春が始まる日。

素敵なギフト、ありがとう♡


「がん」と出会い、
今日から5年目に入ります。
何か切り変わる感じ。

もし体内に在るなら、改めて共に。
私は、がんに出会ったときから
「共病」と言ってます。
(「闘病」じゃないんだなあ)

自分の中にあるもの、闘わない。
いらないものは、手放し
見えなくても、あるなら共にいる。

がんを通じて何か(誰か)のメッセージを
頂いている感じもする。
受け取りましょう。
私の中に居たいなら共にいましょう。

共にいて、時に問いかけ、話しかけ、
私のペースを優先したいときは、
協力をお願いしたり、提案もします(^。^)

がんと出会ったきっかけについて。
年に1回の人間ドックで出会いました。
(25年前から、血液の腫瘍マーカーを
含め、検査している)

乳がん。
正確には、4年前の今日は、まだ疑い。

検査の丁寧さ、技師さんの真剣な表情で
通常、観えないものがあることは
十分想像できました。

検査中「何かあります?腫瘍?」と尋ねると、
「まだ、わかりません。後で先生から、
全体の説明がありますので」と技師さん。
確信に近くなる(^^;)

人間ドック最後の面談で担当医(女医)から
「ご自分で触って、わかりませんでした?」
とちょっと嫌な感じで聞かれたけど、
観てわかるほど、触れるほど大きくなく…

そのあと、先生がチェックして
「そうですねぇ、わかりませんねえ」
(“でしょう?”って思った私^^;)

当日出た検査でわかることや乳がんの疑いも
伝えられました。
私は「やっぱり…」。

神戸市から乳腺エコーの助成チケットがあり
せっかくの機会、追加申込みしていました。
マンモグラフィーと一緒に合わせて診ることで
判断しやすかったのでしょう。

面接担当の先生から
「この後、何か予定ありますか?
よろしければ、下の階に乳腺外来があるので、
相談して帰られます?
これからご都合いかがでしょう?
まだ診察時間、間に合いますよ」

※乳腺外来があるクリニックが
運営する健診センターであること、
が、人間ドック機関を変更した
大きな理由。

女性系の検査は、全て女性、
何かあれば総合病院の検査・治療に
通いやすいことも大事。

健診センターの下のフロアが、
同じ系列のクリニックで、話はスムーズ。
データーは、すぐに送られます。

午前中の半日人間ドックだけど
一日の余裕を持って受診してるから
もちろんOK。

精密検査ごとに予約して受診するより
さっさと診て頂けるのは有り難いことです。.

外来もお昼終了前、すぐに手続きして診察に。
先生がマンモグラフィーと超音波写真を読影。

「乳がんでしょう」とサラッと私に伝え、
細胞診でいろんな角度から数カ所の組織採取。
結果発表は、1週間後。

以前から変えようと思っていた健診機関で、
変えて初回の人間ドックで見つけられたのです。
何という「感(勘)^-^;」

リゾート的な癒し優先のホテルで
一泊二日の人間ドックを20年以上。
半日、3時間もあれば十分できる検査を
一泊二日もかけて…
自分へのご褒美も兼ねてました♡

ゆっくり1泊2日かけてするのに
オプションが少なく、融通が利かない、
スペースにも限界があるのはわかる。

内視鏡など希望すると、着替えてタクシーで
総合病院に行かないと受けられない。
“もういい”と思いながら数年経ってしまい…

企業に勤務していたころからのご縁で
自営になってからも毎年行ってたけど、
年齢・体力・検査内容を考え、変更。

毎年、春から初夏の人間ドックでした。
が、変更した健診機関の予約が取れたのが、
半年遅れの2月4日が一番早いところ。

それも良かったのかな。
遅れて予約で結果オーライ。
もし、半年前の夏に予定通り受診したら
発見できず、そのまま置いてたかも。

次、1年後に受診した時は
もしかしたら、腫瘍は成長したかもしれない、
もしかしたら、消えてる可能性もある、
「~~だったら、~~していれば」は
意味がない。

私、ついてます。
どんなことも必然。
用意されてる気がする。

「言霊 [ことだま]」があるように
「想(思・念)い霊 [おもいだま]」って
あると思います。

“私もいつか、がん(乳がん含む)になるかも…”
と、思っていました。

実家はがん家系、母が乳がんで亡くなっています。
母親・祖母が乳がんの場合、
娘の乳がんのリスクは高くなります。

統計的に、2人に1人はがんになる時代、
がんの3人に1人は死を迎えます。

“私も、がんになる可能性がある”
“何事(病気・事件・事故・災害)も我がこと、
他人事ではない”と、いつも思っていました。

だから、告知されたときは驚きませんでした。
「そうですか、私にもきましたね」って、
主治医に言いました。

今後の流れなど説明を、
私が落ち着いて聞いていたらしく
「大丈夫ですか?」って、先生や看護師さんに
確認されました。

先生もどんどん?ご自分で説明していておいて
聞くのもねえ(苦笑)

「ご主人と一緒に」って言われた気もするけど、
「私から伝えます。大丈夫です」って言ったかも。

その時は、乳がんと出会ったばかり、
写真映像で観ただけで実感はなく、
驚くには情報が足りませんでした。

関心を持って、一つ一つ精密検査し、
色んなことがハッキリしていく中で、
今後の治療計画と共に、
心の準備が始まりました。

2月4日から3月の手術まで、
術前検査をしながら、仕事をこなし、
伝える人には伝え、いろんな予定を調整し、
今後の生き方、過ごし方を考えました。

立春の今日、「乳がん」との出会いの
記念日について紹介しました。
追々、書いていきます。

長~い文章、最後まで読んで下さったなら
お疲れ様でした(*^_^*)

『がん友☆カフェ』始めてみました。
関心があれば、お知らせを参考に
気楽にどうぞ。

感謝♡

【イラスト:動物画家・田中克弥】

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